2022年10月08日 SR600 カルスト DNF

SR600カルストに挑戦したが、44回目のブルベ出走で初めてのDNF。

しかもDNFを決断した後に怪我をしてしまうという情けない結果に。

区間 地点 距離(km) クローズ時刻 到着時刻
PC1 坊っちゃんカラクリ時計 0.0 - 10/08 04:00
PC2 黒森峠 35.3 - 10/08 06:15
PC3 明神山レーダー雨量測量所 108.4 - 10/08 10:35
PC4 林道中村線看板 143.9 - 10/08 13:15
PC5 風の里公園 153.2 - 10/08 14:17
PC6 神在居千枚田展望所 183.7 - 10/08 16:26
PC7 津賀ダム 218.9 - 10/08 17:45
PC8 江川崎郵便局 255.5 - 10/08 19:13
PC9 四万十川橋 292.1 - 10/08 21:00
PC10 篠山石碑 337.7 - -
PC11 北灘郵便局 372.0 - -
PC12 だんだん茶屋 389.5 - -
PC13 法華津峠 429.1 - -
PC14 源氏ヶ駄馬 495.2 - -
PC15 天狗高原 512.1 - -
PC16 獅子越峠 540.6 - -
PC17 真弓トンネル 562.1 - -
PC18 坊っちゃんカラクリ時計 608.4 - -

1日目 (スタート - PC9)

松山市街地のホテルを午前3時30分に出発し、3時45分頃にスタート地点に到着。

道後温泉の観光をしつつスタート時刻まで待機。

ふぃりっぷさんも午前4時スタートのはずなのだが、姿が見えなかったので先に出発。

リアライトが2つとも電池切れになってしまったことに気づいたのでコンビニで電池を交換している間にふぃりっぷさんに抜かれたものの、その後ふぃりっぷさんのほか、kotonohaさん、生朗さんと一緒に走行している所に追いついた。

4人で集団になって最初の黒森峠へ登る。

空も少し明るくなってきた午前6時過ぎにPC2黒森峠に到着。

仁淀川沿いまで一気に下る。

補給はないもののトイレは点在していて、途中でトイレ休憩。

明神山への登りはふぃりっぷさんとkotonohaさんが先行し、生郎さんと私が遅れてついていく形に。

オフロードバイクが何台か抜いていったのだが、頂上手前のこの道に入っていった。

勾配がキツイところでは押し歩きしつつ、頂上に到着。

下っていたら先行しているふぃりっぷさんがパンク修理していた。

下りきってトイレと自販機で補給しつつふぃりっぷさんを待機。

その後、数百mコースから外れて、生郎さんセレクトのえちごやカフェへ。

4人全員でハンバーグを注文。

酷道として有名な国道439号に入るも、それなりの快走路をぼちぼち登ってPC4に到着。

風車が見えてみたころ、今度は私がリム打ちで後輪をパンク。

他の人に先行して待機してもらい、急いでパッチ修理後にPCで合流。

下ってしばらくすると、初めてのコンビニのヤマザキショップ。

ただ、ここのヤマザキショップは小規模だったので10km先にあるもう1件のヤマザキショップでもう1度休憩。

他の人が休憩している間に、私はリアのパンク修理が不安だったので急いで予備チューブに交換。

再出発してゆるく登ってPCに到着。

その後は下ってほぼ平坦。

事前の調査では何箇所か工事の可能性があったが、この日はどこも工事していないようだった。

先頭を回しつつPCのダムに到着。

四万十川に出た後は快走路。

途中、生郎さんが夕食候補にしていた焼肉屋があったのだが、電話したところ臨時休業だった。

PCの江川崎郵便局のあと、道の駅で補給。

四万十市中心部に入り、PCで証拠写真を撮影。

その後、生郎さんが探してくれた焼肉屋へ。

ホテルと2日目の行程がは別々なので、ここでお別れ。

2日目

6時に宿をスタート。

市街地から離れたところで、今度はフロントがスローパンク。

丹念に調べたが穴の箇所がわからず、とりあえず空気を入れて再スタートしたところ、少し走ったところで公衆トイレを見つけたので、チューブの穴を特定。

なんとかパッチで修理して再スタートしたところ、グレーチングにはまって前後ともにパンク。

前輪は1箇所、後輪に3箇所の穴があり、パッチを使い切ってしまったためここでDNFを決断。

引き返して下り始めたのだが、パンク修理後にブレーキをかけ忘れてしまい、やむを得ずわざと転倒。

ただ、転倒が下手過ぎて一瞬意識を失っていた。

意識を取り戻すと顔から出血があるも、手足や胴体は大丈夫だったので電波が届くところまで押し歩いて下っていたところ、すれ違った自動車の方が厚意で乗せてくれたうえ、救急車を呼んで途中まで運んでくださった。

救急車と落ち合った後、病院で顔は17針縫われ、頚椎に骨折の可能性があるということでネックカラーを装着。

病院から出た後、自転車が保管されている宿毛警察署に行き、事故現場の検証をした後、反省文を書いて自転車を回収し、警察署近くのホテルに宿泊。

翌日は、宇和島まで路線バス(輪行袋の自転車も乗せてくれた)、その後特急で松山駅に戻って、コインロッカーに預けておいた荷物を回収してスタートと同じホテルに1泊。

翌々日に松山空港から飛行機で帰宅。

頚椎を骨折していると、2日間は飛行機に登場できなかったらしいのだが、ギリギリで48時間経過していたので搭乗できた。

「怪我をして走行不能になったからDNF」ではなく「走れなくなる前にDNFを決断したのに、撤退戦で大怪我する」という大変情けない結果に。

いろいろな方に迷惑と心配をかけたので大反省。